考えさせられる、とはどういうことなのか。何か道徳や信条を問われるような、そんな事件だったのだろうか?
 そう考えていると、男は僕に背を向けて歩き出そうとしていた。こんな中途半端に話を終わらせられてしまっては、あまりに後味が悪い。そう思って僕は男を呼び止めようとしたが、彼が、これ以上余計なことを話す気はない、とその背中で語っているように見えたので、声をかけるのをやめることにした。
「じゃあな。イッシュ(ここ)に来たのも何かの縁だと思うぜ」
 そう言って男は片手をあげながらその場を立ち去った。僕はその素性も知らぬ男の背中を見送り、行くべき場所を目指すことを決めた。

 そんなソウリュウシティの街中を走っている、もう一人の少年がいた。進行方向は西。ちょうど歴史館や大学が設置されている方向だった。
 彼は走りながら周囲の視線を集めていた。なぜなら、彼はあまりにも不自然で浮いた格好をしていたからだった。黒いパーカーのフードで顔の上半分を覆い、片手で下半分を隠し、もう片方の手に大きめな金属製のアタッシュケースをぶら下げている。
 警察に呼び止められてもおかしくなさそうな出で立ちだったが、彼としてはこれが正解だった。もし素顔を曝せば、今程度の注目度では済まず、大変な騒ぎになってしまう。彼はそんな立場の人間だった。おかしな噂が立つ前に、この場所を抜けてしまおう。
 そして数分間走った後、彼は目的の場所に辿り着く。
「やっと着いた…」
 彼の目の前には、ソウリュウ大学付属図書館。イッシュでも最古かつ最大規模の図書館だった。新しい書物が入ってくるのも、毎回ここが一番最初と言っても過言ではない。
 入り口に入ると、目の前には上階へと続く大きな階段があった。少年はその階段を上っていき、三階へと到着する。
 三階は自習室階となっている。この図書館は勉強机を並べているのではなく、個人用の勉強部屋まで備えてあるほどの規模だった。そのうちの一つで、ある人物が少年を待っている。待たせるわけにいかない相手だった。
 少年はドアに書かれてる部屋の番号を確認し、ノックをする。自分が間違っていなければ、聞き慣れた声が聞こえてくるはずだった。

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