少女はそれまで以上に真剣な顔つきで僕の方を見た。まるでことの重大さを僕に知らしめるような、そんな眼差しだったが、何か僕の知らない事情でも知っているのだろうか。
「…僕も、バチュル(あいつら)にはトレーナーがいるとは思ってたんだけど」
「…そうね。誰かに命令されて、君の後を付けるか、あるいは攻撃するよう命令されていたんでしょう。最近会った怪しげな人間とか、悪事働いてた人物とか、いたかな」
「…」
 僕はつい下を向いて黙り込んでしまった。質問の答えが分からなかったのではなく、質問に答えるのが躊躇われたからだった。
 怪しげな人間。悪事働いてた人物。今の処一つしか覚えがない。しかし、まだ彼らがどの程度の危険性を持っていて、何のためにあの少女を襲っていたのかまだわからないし、下手に事を荒立てるわけにもいかないので、簡単に口にするわけにもいかなかった。
「…まあ、今会ったばかりの知らない女にそんなこと言えないわよね。別に良いわ。とにかく、今のイッシュはあまり平和で快適な場所とは言えない。怪しげな人間には二重分に注意してね」
 彼女はそう言って先程の機械をバッグにしまい、荷物を抱えて歩き出した。彼女も彼女で用があるらしく、その辺りでさよならということなのだろう。
「それじゃあね」
 そう一言残すと、少女は小走りに僕とは反対方向へ歩いていった。その時僕は肝心なことを言い忘れていたのを思い出し、彼女を呼び止める。
「ねえ」
「…?」
 既に数メートル離れていた彼女は立ち止まり、こちらを不思議そうに振り返る。
「ありがとう。助かった」
「…」
 彼女は何も言わずに振り返り、「どう致しまして」の代わりだろうか、片手を挙げてまた歩いていった。それを見届けると僕は安心し、そのまま目的地を目指して歩き出した。
 彼女はこのイッシュで僕の知らない大きな何かを知っている様に見えたが、一体何を握っているのだろうか。もっとももう彼女には会わないだろうし、知る由など無いかもしれないが。

コメント

日記内を検索